紫宸殿の桜 重盛 義平│尾形月耕「日本花圖繪」明治丗年
(悪源太、源義平)の給ひけるは、「端武者共に目なかけそ、罪作りに。大将軍重盛計に目を懸よ。はしの匂の鎧に、蝶の丸すそ金物、黄鴾毛の馬の乗ぬしこそ大将軍よ。押ならべてくんでおち、てどりにせよや。者ども。」と下知をす。重盛をくませじとふせぐ平家の侍ども、与三左衛門・新藤左衛門を始として、百騎計中にへだゝる。悪源太を初めて十七騎の兵ども、大将軍重盛ばかりにめをかけてくまんと大庭の椋木を中にたて、左近の櫻、右近の橘を五廻・六廻・七廻・八廻、既十度計に及んで組んくまんとかけければ、十七騎にかけ立られて、五百余騎かなはじとや思ひけん、大宮面へざと引。(中略)
悪源太弓をばわきにかひはさみ、鐙ふんばりついたちあがり、左右の手をあげ、「義平源氏の嫡々なり。御邊も平家の嫡々なり。組んところにいかでか嫌はるべき。よりあへや。組申さむ/\。」とて、先のごとく大庭の椋木を中に立て五六度まで追廻す。(待賢門の軍の事│「平治物語」中, p225-226)
*櫨(はじ)の匂の鎧:襲の色目「櫨紅葉」のように、櫨の葉色が次第に紅葉する様を表す濃淡配色の威(おどし)で構成される鎧
*黄鴾毛(きつきげ)の馬:月毛(淡黄色や淡黄褐色の毛色)がさらに鮮やかな濃黄色や黄金色にみえる毛色の馬。
平治物語が描く平治の乱は冬季(旧暦12月)におこった戦乱である。左近の桜の枝には雪が降り積もり、追いつ追われつの攻防を繰り広げる両雄の頭上にも絶え間なく雪が降りしきる。勇猛で武骨な坂東武者とは異なるやさしき上臈を示すのか、重盛の鞍褥、轡、鐙や太刀には銀泥が施されている。桜にまつわる場面を題材とした揃物『日本花図絵』三十六図の中で、実際の桜花が描かれていない画の一つである。
参考資料:
永積安明 島田勇雄校注:日本古典文学大系「保元物語 平治物語」, 岩波書店, 1961
谷口耕一, 小番達:「平治物語 全訳注」, 講談社, 2019
城一夫:「時代別 日本の配色辞典」, パイインターナショナル, 2020