花紅柳緑~院長のBLOG

座右の銘「医事は自然に如かず」

群馬県六合村の花・其一│立夏の花信

群馬県六合村の花 立夏


群馬県吾妻郡六合村(くにむら)は、群馬県草津村の六大字が分村して1900年に成立、1910年に中之条町に編入され、日本で最後に廃止された村である。合併後は、同町の六合地区として古事記・上巻序文にも記される名を今に残している。
 いけばなに用いた花の種類は、オルラヤ、チョウジソウ、セントレア、ジャーマンアイリス、ニゲラ、センダイハギ、クロホウズキ、オダマキ、アヤメ、ラークスバー、バイカウツギである。大地自然に恵まれた六合の地で育まれた野趣溢れた花々を拝することができる、春と秋の時節を毎年心待ちにしている。

「歳大梁(とり)に次り、月俠鐘(きさらぎ)に踵りて、清原大宮にして、昇りて天つ位に即きましき。道は軒の后(けにのきみ)に軼ぎまし、徳は周の王に跨(あふづく)みましき。乾符(あまつしるし)を握りて六合を摠べたまひ、天統(あまつひつぎ)を得て八荒(やものきはみ)を包ねたまひき。」
(天武天皇は)酉の年二月に清原の大宮で即位なさった。その政道は黄帝よりすぐれ、徳は周王を越えていらした。天子たるしるしを受けて世界を統べ、天に発する正統を継受して秩序を世界の隅々に及ぼされた。(山口佳紀, 神野志隆光校注・訳:日本古典文学全集「古事記」, p21, 小学館, 2015)
「六合」は天地の上下と東西南北の四方。王化の及ぶ範囲「国」を表すことから、「六合」の読みが「くに」になった。一方「八荒」は支配の及んでいない八方の遠隔地。