花紅柳緑~院長のBLOG

座右の銘「医事は自然に如かず」

菊花(きくか)│キク


二十五 黄菊 紅菊│「四季の花」秋之部・貮, 芸艸堂, 明治41年

「菊花」はキク科、キク属の多年草キク、学名Chrysanthemum morifolium Ramat.の頭花から得られる生薬である。辛涼解表薬に属し、薬性は辛、甘、苦、微寒、帰経は肺経、肝経、効能は疏散風熱、平抑肝陽、清肝明目、清熱解毒(上焦、頭目の風熱を散らして除く。肝経の熱を冷まして降ろし、目を明瞭にする。熱毒を冷まして除く。)である。方剤例には桑菊飲、枸菊地黄丸、釣藤散などがある。

菊花は清高な文人の理想像を象徴する花として古今賞翫されてきた。『詠菊詩詞精選』の前書に、詠菊の詩詞内容は多岐にわたるが主題の多くは以下の三点に集中するとの論述がある。第一に寒粛の秋冬に花咲く菊花に頑強な生命力、高貴な精神を投影したもの、第二に花中隠士と称する菊花と隠逸文化との関係から捉えたもの、第三に菊花節とも呼ばれる重陽節との関係で詠じたものである。

  飲酒 其七   陶淵明
秋菊有佳色、裛露掇其英。汎此忘憂物、遠我遺世情。一觴雖獨進、杯盡壺自傾。日入群動息、歸鳥趨林鳴。嘯傲東軒下、聊復得此生。

(「陶淵明集校箋」, p239)

秋菊 佳色あり 露に裛(まと)うて其の英(はなぶさ)を掇(と)り
此の忘憂の物に汎(う)かべて 我が世を遺(わす)るるの情を遠くす
一觴(いっしょう)獨り進むと雖も 杯盡きて壺自ら傾く
日入りて群動息(や)み 歸鳥林に趨きて鳴く
嘯傲(しょうごう)す東軒の下 聊か復た此の生を得たり


秋の菊は見事な色取りに咲いた。露に濡れた花を酒に浮かべ、塵埃を棄てた思いが深まる。一人酒の盃が空けばまた満たす。日暮れてようやく静けさが戻り、鳥も帰るべき処へと鳴き渡る。東の軒下で放吟し、また此処に到り優游の人生を得た。



上田秋声著『雨月物語』の一篇「菊花の約(ちぎり)」は、篤い信義を貫いた二人の武士(もののふ)の物語である。幽閉の身となった赤穴宗右衛門は、重陽の佳節に戻ると義弟、支部左門と交わした菊花の約束を果さんが為、人一日に千里をゆくことあたはず、魂よく一日に千里をもゆくと思いなし最期の決断を下す。兄弟信義の心は幽明処を隔つとも変わらない。後日、宗右衛門に仇をなした赤穴丹治の宅に乗り込んだ左門は、一身の利益を図る奸悪の不義を舌鋒鋭く糾弾し一刀のもとに成敗する。
 末尾に掲げたのは「菊花の約」の冒頭文である。白居易の《有木詩八首》其一(「白氏文集一」, p507-508)で諷して詠われるのも柔脆な弱柳である。

「青々たる春の柳、家園(みその)に種(う)ゆることなかれ。交りは軽薄の人と結ぶことなかれ。楊柳茂りやすくとも、秋の初風の吹くに耐へめや。軽薄の人は交りやすくして亦速(すみ)やかなり。楊柳いくたび春に染むれども、軽薄の人は絶えて訪(とむら)ふ日なし。」
(「雨月物語」, p24)

青々と春の柳は美しいが家の庭には植えるべきではない。軽薄の人との交わりは結ぶべきではない。楊柳は密生して茂るが秋風が吹けばたちどころに落葉する。軽薄の人とは交わりやすいが別れもまた早い。さあれども楊柳は春が来ればまた葉を茂らせる。軽薄の人との仲らいは途絶えれば再び旧交を温める日が訪れることはない。

参考資料:
劉磊編著:「詠菊詩詞精選」, 金盾出版社, 2009
陶潜著, 龔斌校箋「陶淵明集校箋」, 上海古籍, 2011
松枝茂夫, 和田武司訳注:岩波文庫陶淵明全集・上」, 岩波書店, 1990
岡村繁著:新釈漢文大系「白氏文集一」, 明治書院, 2017
永野稔著:校注古典叢書「雨月物語」, 明治書院, 1977