
「世に言い広められている“薮医者”は、本来名医の称である。今で言う所の下手な医師ではない。」で始まる《薮醫者解》(やぶいしゃのかい)は、蕉門十哲の一人である森川許六編の『風俗文選』(ふうぞくもんぜん)に納められた、同じく彦根藩士の松井汶村(まついぶんそん)筆の辛辣な檄文である。養父に居た名医が藪医者の語源となったという本説にちなみ、兵庫県養父市(やぶし)では地域医療に貢献する若手医師を顕彰する「やぶ医者大賞」が実施されている。
当院は先代の頃より庭に数種の竹を植栽しており、白露を迎えても残暑が続くこの頃、各所で青々と瑞々しい剛直な風姿を見せている。“養父”の地名が語源との一説があろうとも、古来より万人周知の表記は“薮”である。医師にとって甚だ不名誉な“薮医者”を連想する竹であるが、それでも私は真直ぐな竹が好きである。
「世に藪(やぶ)醫者と號するは、本(もと)名醫の稱にして、今いふ下手(へた)の上にはあらず。いづれの御時にか、何がしの良醫、但(たん)州養父(やぶ)といふ所に隱れて、治療をほどこし、死を起(をこ)し生に回(かへ)すものすくなからず。されば其風をしたひ、其業を習ふ輩、津々浦々にはびこり、やぶとだにいへば、病家も信をまし、藥力も飛がごとし。それより物替星移って、今は長助も長庵となり、勘太夫は勘益となる。當時の藪達を見るに、先(まづ)門口に底抜の駕乗物をつるし、竹格子に賣薬の看板をかけて、文字の紺青も、半ば兀(はげ)たり。たまさかの薬取を頼みて、薬店にはしらせ、物申(ものもう)は暖簾の内に答えて、女房の顔をつゝむ。町役には牢舎を療じ、薬代にめでゝは、河原者にのます。牛膝には牛の膝を尋ね、鶴虱は鶴のしらみをさがす。薬のみも次第にかれて、胃の氣よわり、元氣衰へて、果は何がし村の道場の明をまつ。我俳諧の道もこれを押ば、師説にいまだとほからざるに、其手筋を失ひながら、宗匠めくをみるに、今はやるゝ紗綾ちりめんの、薬物の中もおぼつかなく、緋衣(ひえ)木蘭色(もくらんしき)のさとりの拂子(ほつす)も、心許なけれど佛法には薬毒の気遣なければ、其分なるべし。たゞ藪医者のやぶはらに、又出る竹の子も、藪とならむこそうるさけれ。」
(巻之四・解類「薮醫者解」│「風俗文選」, p83)
薬師の末裔として蛇足の説明を加える。「牛膝」(ごしつ)は、ヒユ科イノコヅチ属の多年草イノコズチ、学名Achyranthes japonica (Miq.) Nakaiの根から得られる、活血化瘀薬に属する生薬である。薬性は苦、甘、酸、平、帰経は肝経、腎系で、効能は補肝腎、強筋骨、利水通淋、引血引火下行(肝腎を補って血を巡らせ、筋骨を強めて関節運動を潤滑にある。尿を下に導き尿路疾患を改善する。血を下降させる、上昇した火熱を下に導いて降ろす。)である。
また「鶴虱」(かくしつ)は、キク科ヤブタバコ属の多年草ヤブタバコ(藪煙草)、学名Carpesium abrotanoides L.の成熟果実から得られる、駆虫薬に属する生薬である。薬性は苦、辛、平、帰経は脾経、胃系で、効能は殺虫消積(腸寄生虫を殺虫、排泄し、腹痛や腹脹などの腹部症状を改善する。)である。ヤブタバコの全草から得られる生薬は「天明精」(てんめいせい)で、薬性は苦、辛、寒、帰経は肝経、肺系で、効能は清熱化痰、解毒殺虫、破瘀止血(肺熱を冷まし、痰を除去する。腸寄生虫を殺虫、排泄する。血を巡らせ瘀血を除き止血する。)である。
参考資料:伊藤松宇校訂:岩波文庫「風俗文選」, 岩波書店, 1997)