花紅柳緑~院長のBLOG

座右の銘「医事は自然に如かず」

群馬県六合村の花・其二│小満の花信

群馬県六合村の花 その二


アヤメ(学名Iris sanguineaジャーマンアイリス(学名Iris germanica)は、花菖蒲、杜若と同じくアヤメ科アヤメ属の多年草である。アヤメとジャーマンアイリスの花は後者と異なり、一番花が萎み始めた時に既に蕚から二番花の蕾が外に顔を出し膨らみ始めている。それはあたかも「先代さんお疲れ様でした、後は遺漏なく引き継ぎます」と宣言するかの様である。
 庭の樹々も芽吹いたころの新緑が日一日と濃くなり、今朝はそぼ降る雨に打たれ枝を重たげに揺らしている。近畿地方の本年の梅雨入りは6月上旬である。その前の5月24~25日には警報級の大雨になる予想と伺い警戒が必要である。

群馬県六合村の花・其一│立夏の花信

群馬県六合村の花 立夏


群馬県吾妻郡六合村(くにむら)は、群馬県草津村の六大字が分村して1900年に成立、1910年に中之条町に編入され、日本で最後に廃止された村である。合併後は、同町の六合地区として古事記・上巻序文にも記される名を今に残している。
 いけばなに用いた花の種類は、オルラヤ、チョウジソウ、セントレア、ジャーマンアイリス、ニゲラ、センダイハギ、クロホウズキ、オダマキ、アヤメ、ラークスバー、バイカウツギである。大地自然に恵まれた六合の地で育まれた野趣溢れた花々を拝することができる、春と秋の時節を毎年心待ちにしている。

「歳大梁(とり)に次り、月俠鐘(きさらぎ)に踵りて、清原大宮にして、昇りて天つ位に即きましき。道は軒の后(けにのきみ)に軼ぎまし、徳は周の王に跨(あふづく)みましき。乾符(あまつしるし)を握りて六合を摠べたまひ、天統(あまつひつぎ)を得て八荒(やものきはみ)を包ねたまひき。」
(天武天皇は)酉の年二月に清原の大宮で即位なさった。その政道は黄帝よりすぐれ、徳は周王を越えていらした。天子たるしるしを受けて世界を統べ、天に発する正統を継受して秩序を世界の隅々に及ぼされた。(山口佳紀, 神野志隆光校注・訳:日本古典文学全集「古事記」, p21, 小学館, 2015)
「六合」は天地の上下と東西南北の四方。王化の及ぶ範囲「国」を表すことから、「六合」の読みが「くに」になった。一方「八荒」は支配の及んでいない八方の遠隔地。

 

夏椿と梅雨の詩情

膨らみ始めた夏椿の花蕾


夏椿(なつつばき)は学名Stewartia pseudo-camellia Makim.、ツバキ科ナツツバキ属の落葉高木である。6~7月の梅雨期、朝に開き夕方に落花する白色5弁の一日花を咲かせる。仏教の聖木「沙羅双樹、娑羅双樹」(さらそうじゅ)に因んで「沙羅木」(しゃらのき)という別名を持つが、実際のサラソウジュ、学名Shorea robusta Gaertn.f.、フタバガキ科サラノキ属の熱帯に分布する常緑高木とは別種である。

夏椿は素人の剪定を嫌い、下手に枝を切ると成長が止まり枯れてしまう繊細な樹木である。その為に他の樹木とともに、当家の夏椿二本は熟練の庭師さんの管理下にある。本年も5月初旬、木魚撥の様な花蕾が新緑の葉越に顔を見せ始めた。やがて到来する梅雨の時節、雨に濡ちながら咲く夏椿を眺める時、『平家物語』冒頭の一節「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。」を思い起こさずにはいられない。

雨中の夏椿


参考資料:
林弥栄, 古里和夫, 中村恒夫監修:「原色樹木大圖鑑」, 北隆館, 1985
牧野富太郎著:「原色牧野植物大圖鑑」, 北隆館, 1982
市古貞次校注・訳:日本古典文学全集「平家物語1」, 小学館, 2014

花菖蒲と杜若の色変化

花菖蒲の一番花


白い花の季節が過ぎると、藤や桐、花菖蒲や杜若など紫の花の季節が到来する。5月初めに濃紫色の花菖蒲、日の出と青紫色の杜若を取り寄せた。両者ともにアヤメ科アヤメ属の多年草で、一番花が咲き終わり萎れかけた時に摘み取れば、やがて鞘苞から二番花の新たな花蕾が顔を出す。但し切花延命剤を用いても確実に二番花が花開く訳ではない。一番花で力尽き終わりとなることも少なくない。幸いにも花菖蒲、杜若ともに今年は二番花を拝することが出来た。 

ところで一番花の段階でも、花菖蒲、日の出の花蕾は濃紫色なのだが、花開くと花弁(外花被と内花被)の色がやや薄くなる。それが二番花になれば花色はさらに淡く薄紫色に変化した。これに比し、杜若は一番花と二番花の花色が殆ど変わらない。紫の色は古代より尊ばれた高貴な色である。紫系の伝統色には数多くのゆかしい名前がある。花の色の細やかな移ろいは、ともすれば忘れがちな季節の動き、時の流れを如実に感じさせてくれる。

花菖蒲と杜若の二番花


参考資料:
尚学図書編:「色の手帳」, 小学館, 1992
吉岡幸雄著:「色の歴史手帳 日本の伝統色十二ヶ月」, PHP研究所, 1996
野呂希一写真・著, 荒井和生著:「色の風景I 空と水」, 青菁社, 2003
野呂希一写真・著:「色の風景II 花と木」, 青菁社, 2003

動作を勤めて安を好むべからず│「養生七不可」杉田玄白


昨日非不可恨悔
  昨日の非は恨悔すべからず 
明日是不可慮念  明日の是は慮念すべからず
飲与食不可過度  飲と食とは度を過ごすべからず 
非正物不可苟食  正物に非あらざれば、苟(いやしく)も食すべからず
無事時不可服薬  事なき時は薬を服すべからず
頼壮実不可過房  壮実を頼んで房を過ごすべからず
勤動作不可好安  動作を勤めて安を好むべからず
(養生七不可│「日本衛生文庫第一輯」, p3-16)

「養生七不可」は、杉田玄白先生が古希の前年、七つの不に因み書き記された養生訓である。多岐にわたる和漢洋書の引用とともに、医家としての長年の学識と経験に基づいた詳細な解説文が各条文下に続く。七か条の大要は以下の通りである。簡潔な言葉で著された七不可は、現代においても、いやむしろ現代において常に心に留め置くべき誡めである。

----過ぎた日の事をあれこれくよくよ悔やまない。また先の日の事を取り越し苦労で思い悩まない。暴飲暴食を避けて度を越さずほどほどに。口に入れるものは吟味して品数を多くせず新鮮な品を。自然の治癒力を顧慮せずにみだりに薬に頼らない。元気だからと房事を過ごさない。つとめて体を動かしだらだらと安逸をむさぼらない。

参考資料:
三宅秀編:「日本衛生文庫第一輯」, 教育新潮研究會, 1917
片桐一男著:「知の開拓者 杉田玄白---『蘭学事始』とその時代, 勉強出版, 2015

杜若・其十五│花信

  

  題しらず
春過ぎて夏来にけらし 白妙の衣干すてふ天の香久山
   新古今和歌集・巻第三  夏歌   持統天皇御歌

素人が生け花で杜若の蕾を咲かせる管理方法を伺ったことがある。湿地帯の植物でかなり乾燥を嫌う為、通常の水揚げとは別に、蕾を水にくぐらせる、霧吹きで保水をするなどの乾燥対策が必要との御教示を頂いた。その様に細心の注意を払い、切花用の延命剤を用いても、花序から少し紫の顔を覗かせた蕾が開かぬまま萎み枯れることがある。花一輪が咲くという厳粛な営みは、地を離れた花器の人工的な環境下のみならず、自然の植生地にあるとても同じである。内外で花の佇まいを拝するたびに身の引き締まる思いがする。

 

杜若・其十四│花信

 

  寛平御時、后の宮の歌合の歌
待てといふにとまらぬものと知りながら しひてぞ惜しき春の別れは
   新古今和歌集・巻第二  春歌下   読人知らず

全世界的に甚だ厳しい医療状況にあったCOVID-19拡大の時期、各種の学会総会・学術講演会、研究会、夏期講習会が一時延期や中止になったことがある。生け花の花材を通販で購入するてだてを得たのはその頃で現在に至る。<杜若(かきつばた)│花信>の一連の記事は、盛花、投げ入れから茶花風まで、様々な器に異なる生け方を試みた作例である。